この現象はコロナ騒動に引き続いた円安とかロシア-ウクライナ戦争の影響など色々の事柄が関係しているのであろうと思うが、私は以前から100均は正常な商取引のあり方ではないと考えているので100均の閉鎖を喜んでいる。そもそも現在の100均と同じような販売方法は江戸時代からあったとのことだが、必ずしも低価格での販売促進ばかりが目的ではなかったようである。
このようなことを書いているが実は私も100均にはよく行く。しかしこれは安いものを見つけるためではない。同じようなものが他より安く売っているのが100均の魅力ではないからなのです。実に良く工夫されていたり、思いもつかないようなアイデア商品が次々に出てくるからである。そしてその品を見ながら考えてしまうのです。品物と価格が釣り合っていない。これも100円?! と驚くことがしばしばである。勿論消費者としては安い方が嬉しいのは当然のことだが、これを製造しているのはどんな人たちなのだろうか?と考えてしまうのです。流通、販売などにかかる経費を差し引くと価格の何割が製造者の手元に入るのだろう? 安い価格に抑えられながら海外の工場でとんでもなく低い賃金で製造に関わっている人たちがいるのだろうか?
100円に拘らず見合った価格にするべきである。新しいアイデアを生かした商品の開発を考えても価格のために商品化を取りやめてしまっている物があるのではないのだろうか。100円に拘らず開発者、製造者、仲介業者、販売、そして消費者がバランスよく儲けが分配されるように消費者が考えなければならないのでしょう。高額商品ではないのですから。